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被災地巡り#7


さて、被災地巡りも最終章となりました。気仙沼ゲストハウス架け橋さんの「被災地巡りツアー」と、
南三陸ホテル観洋さんの「語り部バス」の存在が旅のきっかけとなりました。
そして震災当時から気になっていた大川小学校の悲劇。なぜ50分も校庭にいたのか?なぜ裏山に避難しなかったのか?


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校庭にいた児童は77~8名。犠牲になったのは74名(死亡70名・行方不明4名)。教職員11名中10名死亡。

なぜ裏山への避難が選択されなかったのか。急傾斜だったからなのか。私は、裏山に登ってみた。小さな子供でも5分もあれば登れる。
そして登った所には幅4メートほどのコンクリートが広がる。ここでは課外授業も行われていた場所なのだ。


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赤い線まで津波が来た。青い線はコンクリートの「広場」がある所。



献花台付近で掃除などをしている婦人がいたので「失礼ですが、関係者の方ですか」と声を掛けた。
「いえ。たんなる通りすがりのボランティアです」と言ったまま、しばらしたら車で立ち去った。
5分ほどするとその婦人が戻ってきて「さっきは、通りすがりのボランティアといったが地元民です」と話しかけてきた。
「あんたは、裏山にも登っていたし気になったので・・」とも言いながら読んでと冊子を差し出した。
頂いた冊子は、64頁にわたり悲劇の検証や経緯が書かれている。

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14ページ↑には、市教委の曖昧な説明だったり、生き残った児童から聞き取りメモの破棄したことなどが書かれている。
責任回避の為か、裏山に避難しなかったのは倒木があったからと嘘の説明をしていることに役人の本性を見る思いだ。

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 2016年10月26日、仙台地方裁判所(高宮健二裁判長)は学校側の過失を認定し、23人の遺族へ総額14億2658万円の支払いを石巻市と宮城県に命じた。仙台高裁は、2018年4月26日、双方が控訴した控訴審でも、学校側が地震発生前の対策を怠ったのが惨事につながったと小川浩裁判長は指摘し、仙台地裁では認めなかった学校側の防災体制の不備を認定した。市と県に対して、1審判決よりも約1000万円多い総額14億3617万円の支払いを命じた(Wikipedia)。
しかし、「石巻市議会は5月8日、学校や市教委の事前防災の不備を認めた仙台高裁判決を不服として、亀山紘市長が提案した上告関連議案を16対12の賛成多数で可決した。県も市に同調することを表明し、司法判断は最高裁に持ち込まれることになった」(毎日新聞)。

 判決文には、避難先を「近隣の空き地・公園等」とあいまいに記載していた危機管理マニュアルの改訂を学校が怠ったとし、指導する立場の市教委にも是正させる義務があったと指摘。約700メートル離れた『高台』を避難場所に設定しておけば、震災直後に避難を開始でき、津波を回避できたと書いてある(Wikipedia)。


最後の訪問地は、単なる悲劇の場所ではなく、悲劇の検証の仕方が問われる場所でもあると感じた。




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Commented by slow33jp at 2019-06-17 06:02
当時の判断とお役所の責任逃れが
辛いですね!
地元の方も旅人を見ても疑心暗鬼になるような、あの日以来の悲しい現実があるんですね。五輪だ万博だと浮かれてる政治家や経済界とのギャップの大きさを感じます。
Commented by weloveai at 2019-06-17 06:57
判断の誤りを責める気持ではなく、(時間が経ち)
同じことが二度と起きて欲しくないと遺族の方は思っていると思います。
大きな犠牲を払った事実があるのに・・・
行政は誤りを認め責任を取る事をしらない、
お金で償えるものではありませんが・・・それですら不服と最高裁に・・・
国の政治のありさまがそのまま地方にも・・・それが問題なんだと思います。


Commented by matu0324jp-2 at 2019-06-17 21:01
初めまして。私も7年ほど前に大川小学校の地を訪れました。その時の語り部ボランティアさんが「みなさんの足元には、子どもたちの思いや、ひょっとして小さな骨が埋まっているかもしれません。ここはそういう場所なんです」と言われた言葉が忘れられません。海洋でも、ロビーにあった3D映像を見ていたら、同じ宿泊客の方が「私の姉は、ここから見えるあのマンションのひさしに引っかかっていたんです」と・・・それに復興が進まないのは、東京オリンピックでダンプカーが取られてしまっているからですとも。私の語り部さんは、バスに乗ったとき、「地震はいつ起こるかわかりません。今地震が起こって、私がもうダメだと判断した時は、みなさん、このマジックで体にお名前を書いてください。そうすればご遺体だけでも、家族のもとに帰れるかもしれませんから」と話されました。風化させてはいけない言葉にいっぱい出会うことができたのが、今でも心に残っています。
Commented by cocomerita at 2019-06-17 22:46
Ciao noboruさん
私の記憶が正しければ、当時校長が不在でした
よって、教師たちは校長の指示を待っていて、手配が遅れたのです
バッカじゃないかと思います
命の存続が危ぶまれている時に、個々が(少なくとも大人が) 本能の声に従い、自分で考え、何としても子供達を守ろうと必死になるよりも、上司の指示を待っていたために動けなかった、、動かなかった
私はここでも彼らだけでなく、現代の人々の危機感のなさを嘆きます。
危機感のない生き物はただの間抜けだと、
教師の方達も亡くなっているのでしょうから、死者に鞭打つ気持ちはありませんが、それでもただのサラリーマン教師に成り下がってはいなかったか?と私は憤るのですね
助かった子供は、自分の意思で山に登ったのですから。

ましてや、自分たちの罪をお金などでは償いきれないと、それでももはやお金でしか、申し訳無さは伝えられないと判決を真摯に受け止め、賠償金を真摯にさっさと払い、ただでさえ子供達を失って悲嘆に暮れ、地獄の日々を送っているご両親たち、彼らをせめて裁判沙汰からは解放し、新しい暮らしを始めさせてあげようとは思えないものですかね

二度と繰り返してはいけない。とか記憶の遺産だとか、忘れてはいけない。などと言う言葉はよく聞きますが、はっきり言ってうんざりなんですね
「そんな事」を言う人に限って、言う側から忘れる
まあ、「そんな事」を思いもしない人よりはまだましかもしれないけれど、苦笑

一回仕切り直し、人間の質というものを改めない限り、それが津波であろうが、火事であろうが、同じような事はまた起きるでしょうね、
そういう危うい豆腐みたいな脆い土台の社会だという事です。
Commented by noboru-xp at 2019-06-18 05:27
★カフカフカさん、ありがとうございます★
この冊子によれば地震当時、不在だった校長は、市教委への報告書に
親族に「引き渡し中に津波」と書いていたんですね。
また、生き残った児童から聞き取ったメモは、破棄しているんですね。
なぜ悲劇は起きたのかを検証しようとする姿勢はありません。
私に冊子をくれた婦人も、毎日献花台などを掃除しに来ているそうですが
お訪れる人の中には、心無い質問をしてくる人もいる。また自分から
批判めいたことを言うと周囲からいろいろ言われるからとも言っていました。
Commented by noboru-xp at 2019-06-18 06:02
★ゆすらうめさん、ありがとうございます★
悲劇が起こった当初から、学校側や市側の対応は、検証をするという
姿勢が欠けているとしか思えません。
たとえば、3月15日、唯一生き残ったA教諭が校長にメールで大川小の状況を報告(校長はメールを削除)。
3月16日、校長が市教委に「校庭避難、引き渡し中に津波」「油断」と状況報告(この日の記録は24年6月に指摘されるまで公開せず)。
3月25日、A教諭と校長が市教委へ報告。この時の詳しい記録は残っていない。録音せず。メモ等は廃棄。
津波襲来の情報もあり、避難時間もありながら、校庭にとどまっていたのか?
一番は、避難場所の指定があいまいなままにされていたに尽きると思います。
Commented by noboru-xp at 2019-06-18 06:18
★matu0324jp-2さん、ありがとうございます★
大川小学校にも行かれ、ホテル観洋の「語り部バス」のも
乗られたのですね。
大川小学校の悲劇、学校側、市や市教委の対応は、疑問だらけでした。
裏山への道は、小さな子でも簡単に登れる。登ったさきはコンクリートが敷かれている。
それでも、避難先に選択されなかった。
避難先を「近隣の空き地・公園等」とあいまいだったことがその理由かもしれませんね。
私が乗ったバスの「語り部」さんは、戸倉小学校ではいち早く避難して無事だったので
どうして大川小学校では50分も校庭にいたのか理解できないことや、聞き取りメモが
破棄されていることを批判的に語りました。
「普段から避難に関する教育を徹底し児童らだけの自主的避難により99.8%が無事だった釜石の全小中学校や、
地震直後より全員高台に避難させ、在校児童が全員無事だった石巻市立門脇小学校とは対照的である」とも言われています。
しっかりと検証していくことが必要だと強く思いました。
Commented by noboru-xp at 2019-06-18 06:40
★cocomeritaさん、ありがとうございます★
大川小近くには小中学校6校あるが、高台に避難して津波による犠牲者はなかった。
なぜ、大川小だけが、校庭に教員、児童が50分近くとどまっていたのか。
これを検証することが求めれれているのだが、「想定外の津波で予見できなかった」という理由で
検証しようとしない県、市。
残すべきは残すことは必要だと思います。
少なくとも見ることによって思い出すのですから。
人が死んだら、墓を残すし、遺骨を残すのと同じだと思います。
Commented by cocomerita at 2019-06-18 07:22
Noboruさん
私は今まで、かわいそうだとか、胸が痛みますとか、そういう人々の同情の声をたくさん聞いてきました
でもそう言って悲しそうな顔をする人たちが同情以上、の意思を示すのを、つまり、気の毒だと思うなら、その困難を軽減するような、そんな何かを実行しようとする人に今まで出会ったことがありません
本当に、実行する人は、同情の言葉など吐かないもんです。
被災地を見る、被災地の現実を多くの人が知ることによって、その後何かが動く事を期待します
そうでなければ、その一瞬、若干のお金は現地に落とすでしょうが、ただの観光です
被災を観光にしていいのか?と私は思います。
そして
残す事によって思い出す。
思い出すだけでいいのかな? 気の毒だわ、と思うだけでいいのかな?と思います
現在もまだ普通の暮らしに戻っていない人たちがたくさんいる中で、、
私はそれでは全然充分ではないと考えています。

実際私は墓も遺骨も不要だと思っている。からかもしれませんが、残す事よりも、生きているうちにどう生きるか、何をするか、の方が、よっぽど大事ではないでしょうか?
言うだけなど簡単過ぎるとこれは震災時から私が繰り返し言い続けている事です。

先日友人と遺骨の話になりました
海に散骨、などというロマンチックな事などやってくれなくて結構
私の遺骨などビニール袋に入れてゴミと一緒に出してもらって構わないと、私はそう言いました。

50分以上も校庭に待機
アホじゃないかと思います
原因を探る事など、不要でしょう
あの時点で、校庭にぼんやりと生徒たちを待機させた、もうそれだけで教師、および学校側の責任の重大さは明白です。
それ以上何を調べると言うのでしょうか?
ただの時間稼ぎですよね
学校の先生の言う事を聞きなさいと、それを守ったが故、一人で逃げる事も出来ず、校庭に整列し、(朝礼じゃないっつーの)
無能な教師と共に津波に呑まれた子供達が気の毒で仕方ありません
私はあえてあの教師たちを無能と呼びます。
Commented by 一拙 at 2019-06-18 16:36 x
私が大川小学校に行ったときには、まだ語り部のボランティアはいませんでした。
津波の避難訓練の経験のある他校から転勤してきた若い先生が、子どもたちを引き連れて裏山に避難しようとしたら、「勝手なことをするな」と、引き戻されたそうです。
いくつもの判断ミス、失敗の積み重ねが大きな失敗を招くという、悲劇的な実例です。
Commented by noboru-xp at 2019-06-19 05:54
★cocomwritaさん、ありがとうございます★
寅さんじゃないですが「それをいっちゃおしまいよ」って思える
部分もあるように感じます。
だからこそcocomeritaさんに言わせれば、甘っちょろいのでしょう。
Commented by noboru-xp at 2019-06-19 06:13
★一拙さん、ありがとうございます★
宮城県にお住まいなのですね。
なぜ50分近く校庭にとどまっていたのが
教職員の間で何が話し合われたのか遺族の方は知りたいでしょうね。
しかし、当初から曖昧な説明が続き、それが遺族の怒りをかったと
検証委員会の報告書でも書かれていますね。
校長も生き残った教師も、児童達の捜索活動に参加しなかったことも。
さらに、生き残った児童かあら聞き取りしたメモを廃棄したこと
「子供の記憶は変わるもの」として無視したこと等など正に「二次被害」ですね。
被害当日の事も、被害後の事も、問題だらけです。
Commented by cocomerita at 2019-06-19 09:50
Ciao noboruさん
しつこくてごめんなさい
「それを言っちゃあおしまいよ」と思える。と言うのは、何を指してそう仰ってるのでしょうか?
寅さんは個人的に嫌いなので、一度も観たことはないのです
どういう場面で彼がそう言ったのかとか その言葉自体がどういう事を言っているのか、その意味もよくわかりません。
Commented by noboru-xp at 2019-06-20 06:30
フーテンの寅さんの実家「くるまや」では、久しぶりに帰った寅さんとおいちゃんや
隣の印刷所のタコ社長がよくケンカをします。ちょこっと発した言葉から
怒りが生じ、最後は暴力沙汰になります。
そこで、おいちゃんがお前が帰ってくるといつもこうだ、出て行け、もう帰ってくるなって怒鳴るんです。
そこで寅さんは、「それを言っちゃあおしまいよ」と悲しそうに、時には大声で言うんです。
寅さんは、分かっているんです自分は不甲斐ないことを、だから自戒の意味もあるのでしょう。
寅さんは、すうっと家を出ていくんです。
大したこともできない人はいっぱいいます。わかっているんです。自分の不甲斐なさを。
私も寅さんシリーズを全部見ていないので正確ではありませんが、このセリフは毎回あるそうです。
山田洋次監督が、そうそるのは何故でしょう。正論で人を諭してもなかなか人は動かない。むしろ離れていく。
「言うべからずを棄てて、言うべきを言うべし」(法華経)とも言いたいのでしょうかね。
返答になっていないかもしれません。お許しください。
Commented by cocomerita at 2019-06-20 10:16
Ciao noboruさん
あ、そうなんですね
丁寧な説明をありがとうございました。
、、とすると、私もフーテンの寅さんかも、、
私が帰ると、いろいろ起こって面倒臭いと、かつて姉に言われた事があります 苦笑
人々が溜めている普段の怒りとか狡さとか、それをただ波風立てないために皆は我慢して隠したり抑えたりしてるのを、私はどうやらつつき出すらしいので、、。
私の辛口コメントは、noboruさんに向けたものではないのですが、それでもnoboruさんに、こうしてそれを言っちゃあおしまいよ。とか言うべからずと棄てて、。などと言う言葉を持ち出されるとnoboruさんにもその表面的さを感じないわけにはいきません

お茶の間にどっかり腰を落ち着けて、災害時の映像が流れた時だけ涙したりする、
でも、泣いた自分に満足してそれで大半の人は終わりにします
私は、かつてから何もしないのなら、泣く権利などはないと言ってきました。
未だにそう思っています。

広島の原爆記念館に行った時、焼かれた皮膚やら、そんなのの前でホラ見てごらんよ、すごいねえと人だかりができる
見なければいけない、感じなければいけない事はそれではない、んですけどね。
情けない野次馬根性に私は思い切り軽蔑を感じました。

私は被災地がいつまでも「あの日」のことを「語り」ながら、実際に行われてる血の通わない復興の現状をなんとか改善しようとか、参画しようともせず、そこでお茶を濁してる事にも同じ情けなさを感じています。
私の知人の被災した方は、この8年語り続け、そのおかげでアメリカや中国に来賓扱いで行けたと鼻高々で、実際彼女は家族も失っていないし、立派な家もすでにちゃんと建て直している。
今の復興が復興に携わる人々の金儲けに成り下がり、真の復興計画を進めないでいるのは、そう言う被災していない、本当の地獄を味わい、未だ味わっている人たちの辛さを顧みない、そうやって表面的に同情して終わっている人々から形成されている、この情けない社会のせいだと私は思っています。

言うべからずを棄てて?
それは社会や人様に波風を立てる事は言うな?ってことですよね
日本的ですね
それって第二次世界大戦の時もそうだったんじゃあなかったでしたっけ?苦笑
Commented by cocomerita at 2019-06-20 10:17
そんなこと、とてもじゃあないけどできませんね

私が今こうして書いていることこそ、言うべきことであり、言われて良心が痛むかもしれませんが、もっと皆が真剣に考えることであり
それは、震災発生当時に流行った、私に出来ることを出来る時にと、小狡くお茶を濁した人々の詭弁を思い出させます。
そう、のうのうとのたまった人々が、その後何かをやった事を私は目にしたことがありません
まだ「出来る時」ではないのでしょうか?
一体いつまで待てば?

所詮この国の人々は、自分には火の手は回らないと言う、訳のわからない安心感で向こう岸の火事の見物を決め込んでいる、それをやめられないのだと、思います。
それは腰を上げない怠慢な自分への言い訳でしかありません
本当に大変だと思ったら、もっと真剣になりませんか?
もし自分だったらと考えませんか?
その必死さ、真剣さが今の、特に日本の社会には著しく欠けています。
まあ、これも私が嫌悪するスマートフォンのお手軽さが増長させた忌まわしい傾向だと思いますけれど。

そう言ってる限り、自分たちの権利を守ろうと、なりふり構わず立ち上がり、集い、政府に反旗を翻す、香港の人々の足元にも及ばない。という事です。
安倍さんをポチなどと言う権利はないと私は考えます。
そう言う国民も政府やら権力者、そしてお金のポチに成り下がっているのですから。
Commented by noboru-xp at 2019-06-20 18:26
★cocomeritaさん、ありがとうございます★
おっしゃること一々ごもっともで、返す言葉もありません。
所詮、私も表面的ですね。今後、自戒します。
ただ「言うべからずを棄てて、言うべきを言うべし」とは
「社会や人様に波風を立てる事は言うな」ではないと解釈しています。
言い方に工夫せよだと思っています。例えば、「二つ叱って、三つ褒め、五つ教える」
子供を育てるのに叱るよりも褒めて正すみたいな。
だから私も「それをいっちゃおしまいよ」と言ってしまったのは
「言うべからずを棄てて、言うべきを言うべし」と思っています。
ごめんなさい。
Commented by cocomerita at 2019-06-21 22:48
Ciao noboruさん
Noboruさんにこうして謝っていただくとこちらが申し訳ない気持ちになります
こちらこそ、歯に衣を全く着せない言い方をお許しください
しかしながら、いい加減ウンザリしているのです。

お言葉を返すようですが、
言い方をやさしく、ていねいにしていたら、この国の人々にはますます響きません
それほど、無神経で感性が麻痺してしまっているのですから、もはや胸にぐさりと来て、この野郎と勘に触るくらいの強い言葉でないと彼らの注意を促す事はできないと思っています。
ですから、私はもう言葉など選びません。
2つ叱って3つ褒め、、苦笑
noboruさんはやさしい方なのですね。
今の人々は、2つ叱って3つ褒めると、褒められた3つしか覚えていなくて、いい気になるのです。苦笑

こう書いていると、いかにも日本の人が全員悪人みたいに聞こえますが、そうではなく、良い方もたくさんいるのですが、
それはあくまでも個人的な場合、事がこと社会的な事象になった場合、多分そのやさしさや丁寧さが災いするのか、ほとんどの人が、緩く そして一種の「腰抜け」になります。(私の目からしてですが、、)
その緩さが安倍政権やそこに群がる薄汚い人々の薄汚い行為を許し、増長させているわけです。

日本は核社会の典型で、自分とその周りが安泰だったらそれでいいとする人がとても多いのです。
道義に反すると怒る人をあまり見ません
いや、怒る人はいるんですね
自分に火の粉が降りかからない程度に、ブログとかで遠隔に怒る人々は、、
でもそこから腰を上げて一歩踏み出す勇気を、そして手間を惜しまない心を私は望むわけです。
言ってるだけは簡単すぎます。
しかしながら、大半の人々は、社会全体の悪でも、自分に火の粉が降りかからなければ、それでいいとばかり、「仕方ない」とうなだれた「振り」をし黙認します。
それでは、政府の思いのままでしょう

Commented by cocomerita at 2019-06-21 22:49
福島どころか、熊本さえ暮らしは回復していないと言うのに、
それを横目に、東京オリンピックなんて言う馬鹿騒ぎに何兆円も使う国と東京都
それを許して、東京オリンピックを楽しみにしちゃう国民は、私にとっては、まさに「腰抜け」であり、「非国民」です。
第二次世界大戦で、日の丸振って、若者を送り出し、その同じ若者が傷ついて帰郷すると、その疲れを労わることもなく、冷たい仕打ちを平気でした、あの真の「非国民」です。

Noboruさんの寛大なお人柄はブログの文章から窺れますので、こうして書いているとなんだかnoboru さんをいじめているように聞こえますが、私はみんなにもっと真剣になってほしいと考えます。
他人事にも真剣になってほしいと望みます。
やさしさは時には曖昧さともなり、それが緩さに繋がり、他者の緩さは呼ぶ。と言うことを最後に申し上げておきます。
偉そうで御免なさい
もはやこう言う言い方しかできないのです。
Commented by noboru-xp at 2019-06-24 13:17
★cocomeritaさん、ありがとうございます★
おしゃることはよくわかります。
私がブログで政権批判をしていても何も変わらないですよね。
自己満足のうっぷん晴らしでしかない「父ちゃん坊や」。


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by noboru-xp | 2019-06-17 05:24 | | Trackback | Comments(20)